AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する

    深愛。
                                氷高 颯矢

 君に花を贈ろう。
 ささやかな、願いを込めて。
 花の持つ言葉に、君は耳を傾けて欲しい。
 それは、僕のささやき。君への想い。
 君を幸せにするという、僕の誓い…。

 〜八の月、エキザカム〜

 クレツェントは、王女の婚約の話題で持ちきりだった。
 一昨年の不幸を皆は忘れたかったのか、盛大にお祝いをしようと準備していた。
 一方、王宮でも婚約披露パーティーの準備が進んでいた。
「いよいよ明後日だと言うのに、まだカトレア国の一団は来ていないのか?」
「もう着いてもおかしくないのですが…」
 そう、準備は進んでいるのに、肝心の相手がまだ到着していないのである。
「カイザー、カイザーは居らぬか?」
「はっ、ここに…」
「リディアの様子を見てきてくれ、何かあっては大変だ…」
 国王は、心配する気持ちを顔に出さないように努めてはいるが、
 やはり、娘の事が気になった。
 リディアを姉姫の二の舞にはしたくないという強い気持ちがあった。

 リディアの部屋は、うってかわって静かだった。
「姫、カイザーです…失礼します…」
 カイザーが中に入ると、リディアが眠っているのが見えた。
 窓が開いている。
 暑かったのだろう、全ての窓が開けられている。
(何て、無防備な…)
 カイザーは、窓を閉めようかと考えたが、それは可哀想だと止めた。
(風が、せっかく入るのに、閉じてしまうのは申し訳ないしな…)
 風が、リディアの髪を優しく撫でている。
 サラリ、髪が一筋、顔にかかる。
 カイザーは、そっとそれを指で払ってやる。頬に、わずかに指先が触れる。
 ――熱い…。
 触れた指先が熱を持つ。
「カイザー…」
 薄紅の唇が、自分の名を紡ぐ。瞳は開かれていない。
(はい、姫…)
 心で返事をする。
 すると、不思議とそれが伝わったのか、リディアは微かに微笑んだ。
 それを見て、カイザーも微笑んだ。
 夢の中までも、自分の為に泣いて欲しくなかった。
「幸せになってください…どうか…」
(貴方の幸せが、私の願い…守りたい全てなのですから…)
 カイザーはそっと部屋を出た。
 そして、女官にリディアが眠っている事を伝えると、城の警護に戻った。

 婚約披露パーティー前夜。
 ようやく、カトレア国の一団は到着した。
 旅を終えたばかりにしては、皆、疲れていないようだった。
 国王との謁見を終えて、一団はそれぞれに与えられた部屋に泊まった。

 当日の朝、リディアは窓を叩く音に気付いて目が覚めた。
 夜着の上にショールを羽織ると、ベッドから下り、窓辺に近付いた。
「貴方は…!」
 リディアは驚いた。そこには、婚約者であるアーウィングの姿があったからだ。
「どうなさったのですか?」
 窓を開ける。
 すると、アーウィングは、掴まっていたロープから張り出した台のような部分に足をかけ、
 部屋に入ると、その上に座った。
「おはよう、リディア姫…」
「お…おはようございます…あの…?」
「ごめん、ごめん…驚かしちゃったね?実は、君に見て欲しいものがあって…」
 悪びれもしないその態度に、少年らしさを感じて、思わず笑みがこぼれる。
「窓から下を見てください。僕の気持ちです」
「…?」
 リディアは言われるままに下を覗いた。すると、そこには、一面の花。
「どうして…?昨日はこんなじゃ…」
「昨晩、こっそり植え替えたんです…僕の館から、ね?」
「綺麗な紫…」
「そうでしょう?花径が小さいから、たくさんでないと目立たないと思って…
ちょっとやり過ぎかもしれませんが…」
 アーウィングは照れくさそうに笑った。よく見ると、その手に土が付いている。
(まさか、自分で?あんなにたくさん…)
 リディアの視線に気付いたアーウィングは、パッとその手を隠した。
「僕だけでは、さすがに無理ですよ…手伝ってもらいました、乳兄弟の連中に…」
 リディアは六の月の事を思い出した。あの時の人達の事だと、すぐに理解に至った。
「今日のパーティー…楽しみにしてます。それじゃあ…」
 アーウィングは窓から飛び降りるようにロープを滑り降りた。
 すると、着地と同時に、ロープが引き上げられた。
 地上に降りたアーウィングは、窓辺のリディアに向かって、手を振った。
 リディアも思わず、手を振り返した。すると、満足そうに笑って、走り去った。

「あの花は、何て言うのかしら…?」
 リディアは、今日の衣装を着せるためにやってきた女官に聞いてみた。
「どなたか知ってますか?」
「いいえ…」
「私も…」
 どの女官もそれを知らなかった。
「失礼致します…」
 部屋に入ってきたのはシレネだった。
「お召し替えを手伝うように言われて参りました。
私は、シレネ=アキレアと申します。
王子の乳母・ハンナの娘にございます…」
「まぁ…貴方はあの時の…」
「はい…シレネとお呼び下さい、姫…」
 シレネはそう挨拶をした。
「貴方…あの花を知ってますか?」
 リディアはシレネに訊いてみた。
「あれは、エキザカム…エキザカムというのです。花言葉は…」

――貴方を愛します…

「まぁ、素敵ですこと!」
「本当に!」
 女官達が口々に誉める。
「王子は、花がお好きなのです…だから、花にご自分の気持ちを込める…。
回りくどいことをされていますが、あれが王子なりの表現なのです。
察してあげてくださいませ…」
 リディアは、ただ恥ずかしくて俯く。
 アーウィングはあの時、確かにこう言っていた、
 『僕の気持ちです…』と。
 こういう事だったのかと思い至った。
「さぁ、姫。お召し替えを…」
「はい…」
 アーウィングの母があつらえたというドレスは、リディアにピッタリだった。
「ほとんど直す必要ありませんね…というより、ちょうど良いみたい…」
 シレネは、びっくりしていた。
 アーウィングから、ドレスの調整を頼まれていたのだ。
 母親が勝手に作ったものだから、多少、合わない部分があるだろうと言っていたのだが…。
「ええ、私も驚いたんです…こんなに私に合うものを下さったんで…」
 リディアも着てみてそう感じたようだ。
「とてもよくお似合いです…」
 皆、リディアの美しさにため息をついた。
「ありがとう…」
 リディアは、それを素直に喜ぶ事ができなかった。

 パーティーもつつがなく進み、宴もたけなわとなった頃、
 ようやくリディアとアーウィングは二人きりになった。
 アーウィングがリディアをテラスに連れ出したのだ。
「今日は、とても嬉しかった。貴方が僕の花嫁になる事が国中から認められて…」
「ええ…」
「そのドレス…とても良く似合っています。ありがとう…母上の願いを叶えてくれて…」
 照れくさそうにアーウィングはそう言って、更に続けた。
「僕は、貴方が好きです。
多分、前に会った時から…。
貴方に会えなかった時間は、とても長く感じられて…」
「私…」
「あ、いいんです!
別に、僕を今すぐ好きになってくれなんて、
そんな事は言いません…。
前に言ったように、少しずつでいいんです。
今日から、真剣に考えてみてください」
 アーウィングは優しく笑う。リディアは、この笑顔が嫌いではなかった。
「あの花、とても嬉しかったです…」
「本当ですか?」
「エキザガム…というのね?貴方の気持ち、ちゃんと伝わりました…」
 リディアも、自分にに応えようとしてくれている事に、アーウィングは気が付いた。
「貴方を『好きか?』と訊かれれば『キライではない』と答えるでしょう。
でも、『好き』と答えられるほど、私は、まだ貴方を知らない…」
「知ってください、僕を…」
 アーウィングはリディアの手を取った。
「僕は、この後、カトレアに帰る気はありません…
クレツェントに自分の邸を持つ事にしたのです。
以前、貴族が別荘として使っていたものらしいのですが、それを買って改装しました。
すでに、そこに住んでいます。
これからは、毎日でも馬を飛ばせば会いに来る事が出来ます…。
僕は…毎日でも貴方に会いたい!」
 アーウィングの瞳は真剣そのもので、真っ直ぐに見つめてくる。
「…って、そんなの…無理ですよね…?
僕も貴方もすべき事はたくさんあるのに…。
でも、時々…週に一度は会いに来ても良いですか?」
「ええ。会いにきてください…」
「じゃあ、そのたび貴方に花を贈ります!」
 花が好きだと言っていた、だから、それが相手にも最上の贈り物なのだろう。
 思わず、笑みがこぼれた。
「私も花は大好きよ…楽しみだわ…」
「その笑顔…すごく素敵だ…。
もっと、笑ってください!僕は、貴方の笑顔が好きだ。
憂いを含んだ表情も綺麗だけど…曇りのない笑顔の方がもっと魅力的です…」
 アーウィングは、紅くなった。
 リディアは、自分といてもどこか寂しそうで…でも、こうして笑ってくれたのが何より嬉しくて…。
「きっと、幸せにします…。だから、笑ってください…」
 アーウィングは握っていたリディアの手の左の薬指に指輪をはめた。
「これ…」
「これも、母上から頂いたんです。
この指輪は、父上から婚約の証に頂いたものなんだそうで…
飾り気はないけど、その分、想いが詰まってる…。
サイズは…合ってるみたいですね?よかった…」
 名残惜しかったが、ようやく手を離す。
「月長石と真珠…どちらも六の月の石ね…」
「母上が六の月生まれなんだ…僕と貴方が初めて出会ったのも六の月です。
だから、これも相応しいように思えて…」
 そして、その宝石はどちらも月を連想させる。
 まるで、月のように美しい銀の髪を持つリディアにピッタリだった。
 一生懸命に語るアーウィングの姿は、どこか幼さが残っていて、可愛かった。
(男の子を可愛いと思うのって…おかしいかしら?
でも…こんなに思ってくれている相手に対して失礼かしら?)
「ありがとう…アーウィング様」
 ドキッとする。
 改めてリディアに名前を呼ばれるのは、これが初めてかもしれない…。
 アーウィングは、その声に捕まった。魔法にかけられたみたいに動けなくなった。
 そして、リディアは少し踵を上げて背伸びをすると、
 アーウィングの頬に、軽く触れる程度の接吻けをした。
「――っ?!」
 アーウィングは、あまりの出来事に呆然とした。
「…では、そろそろ失礼します。おやすみなさいませ…」
「…あっ、はいっ、おや…すみなさい…」
 だんだん声が小さくなっていく。
 焦って上手く返事ができなかった。
 ズルズルとテラスの柵にもたれたまま、しゃがみ込む。
 頬に触れてみる。
 まだ、ほんのりと感触が残っているような気がして…。
 顔がだらしなく弛む。
「あはっ…ははは…やった、すごく…死にそうなくらい嬉しい〜!」
 大声で叫びたくなる衝動に駆られる。
 身体がウズウズして、今にも動き出しそうだった。
 妙に走り出したい気分。幸せをかみしめる。
「おやすみなさい…姫…」

 部屋に戻る途中でリディアはカイザーに会った。
「お休みになられるのですか?」
「ええ、もう遅いもの…」
「姫…あの…」
 振り向かないで先に進もうとする。
「私は、姫が…リディア様が好きです…」
 その言葉に立ち止まる。
 ずっと、待ち望んでいた、聞きたかった言葉…。
「貴方の幸せが私の幸せです…どうか、ライラ様の分も、幸せになってください。
そして、その幸せを、私に守らせてください…。
騎士として、貴方を守りたいのではなく、私自身がそうしたいのです!」
 リディアは、震えていた。
 涙を堪えるのが苦しかった。
 カイザーの言葉は、望んでいた答ではなかった。
 しかし、どうすることもできないのだ。
 『私の事は、諦めて欲しい』そうはっきり言われた方が、まだ救われる。
 カイザーにとって、自分は未だに王女でしかない。
 それを超えられなかった。
 だけど、王女としての自分を、彼は必要としている。
 それで、十分じゃないか、もう、諦めよう。
 リディアは、涙を流しながら、それを振り切るように笑顔を作った。
「ありがとう…カイザー…。おやすみなさい…」
 振り向く事なく、今度こそ進んだ。
 カイザーも、その後ろ姿を見送った。
 本当は、気が付いていた、リディアが泣いていた事に…。
(また、泣かせてしまった…。
私は…私には、きっと貴方を幸せにする事は出来ない…
その権利すら、私にはないのです…)
 カイザーは、空を仰いだ。
 窓から月が見えた。何故か、曇って映るその月は、リディアを思わせる。
(だから、せめて…私に貴方を守らせてください…)
 月に祈る。

 月は、見る者によって違う顔に見えると言う…。
 恋をしたのは彼女自身か、それとも…?
 答えは出ない。雲が全てを隠してしまうから…。
 ねぇ…本当の君はどこにいるの? 
 本当の君に会いたいよ?
 君のことが知りたいんだ…。


はい、これは「深愛」のプロトタイプというか、同人誌仕様です。
「〜花は囁く〜」がオリジナル仕様になってます。
違いはリディアやカイザーに重きを置いていること。
だから、ラストの「月は…」の詩がアーちゃんなのかカイザーなのか、
わからないって言われました。
アーちゃんが正解です。
この詩、気に入ってるんだけどなぁ…。

深愛・2へ続く。